のんびり王子の成長記

分娩室で

ツーショットヒトミのときは、出産後、分娩室にカメラを持ってきてもらうのを忘れ、しかも初めての新生児、どう扱ったら良いのかもわからず、抱っこしたまま硬直していました。

でも、今回は、ちゃんとカメラを持ってきてもらって、夫婦で交代で抱っこし、バシバシ撮りまくりました。看護師さんに三人での写真も撮ってもらいました。夜中だったため、ヒトミが欠けているのだけが心残りだったけど、それは仕方がありません。
ちゃんと生まれたての赤ん坊に、おっぱいを含ませることもできました。前回はこれができなくて、後からやっとけば良かったと強く後悔したのです。

時間が余った入院生活

保育器に入ったアキラ

この産院では、出産当日は、お母さんは体を休めてください、ということになっていました。一人目のときは、午後2時に生まれたので、お休みは半日だったけど、今回は午前3時に生まれているので、丸一日お休みがあります。しかも、前回は疲れてぐったりだったけど、今回はすごく元気でした。しかも、出産後は頭が覚醒して眠れないので、そのまま夜が明けて、うつらうつらし始めたときに朝食、検温で、仕方がないから、みんなに生まれたよメールをして、産後数時間でのメールは早すぎると言われました。

出産当日はアキラはちょっと体温が低く、呼吸が速いということで、保育器に入っていました。翌日には出られたのですが、ヒトミも低出生体重児で黄疸が強く出て光治療を受けたので、新生児とはいろいろあるものだろうと、あまり心配もしていませんでした。
カメラを持って保育器越しに写真を撮りましたが、まだ当日は眠ってばかりで、目の開いた顔を見ることはほとんどできませんでした。

ダウン症かも

アキラ翌日から授乳があり、ようやくアキラの顔をじっくり見ることができました。まぶしそうに開いた目を見て、私は「あ、ダウン症みたい」と思いました。私は「脳」とか「生命」とかが好きなので、「サヴァン症候群」とか「遺伝子」とかについて、少しだけ知識がありました。だから「ダウン症」が染色体異常で、容貌が似てくるということも知っていました。だから「疑い」を感じました。でも、先生にも看護師さんにも何も言われてなかったので、どうなのかなぁと思いつつ、自分で聞くのも変なので聞きませんでした。その日の日記にも、「そうだとしても頑張ろー」と気楽なコメントが書いてあります。

退院診察…ダウン症の疑いあり

ヒトミと一緒に退院前の診察で、ようやく先生に「えーっと、染色体異常の、いわゆるダウン症の疑いがあるので、病院を紹介するので診察してもらってください」と言われました。
私は、ここでショックな顔をした方がいいんだろうか?と思うぐらい、普通に「ハイ」と答えました。やっぱりな、と思っただけでした。でも旦那はショックかもなと、彼のことを心配したぐらいです。

メールで彼にそのことを伝えましたが、夕方やってきた彼は、私が見る限り、ぜんぜんショックを受けている風ではありませんでした。私はとてもうれしく感じました。
ダウン症がどういう症状なのかを調べていてくれていて、私にその説明をしてくれました。私も入院中でなかったらインターネットとかで調べまくっていたに違いないので、うれしい情報でした。

もう私の中では、小児科の診断を待つ前に「ダウン症だ」と決めていたので、出産報告葉書にどうやって書こうかなぁと入院中に下書きしたりしていました。同じ産院での二人目なので、ミルク会社の宣伝でもある「栄養指導」とか「何とか指導」とかをキャンセルできるので、時間がけっこう余っていたのです。暇つぶしにアキラの似顔絵を描いたりして、入院生活はかなり楽しみました。

妊娠中の願い

全身アキラを出産する前は、男の子ということで、最近の凶悪なニュースを見るたびに、この子が「加害者」にならないようにと願っていたものです。被害者もイヤですけど、加害者には絶対にしたくありませんでした。
妊娠中は真剣にそう思っていたなぁと旦那と話すと、「うん、アキラはたぶん、ならへんな」と夫婦で笑い話になります。
それから、ヒトミが四六時中泣く子だったので、二人目は「よく眠る子がほしい」と思っていました。それも願いが叶ってしまいました。
もうひとつ、今度は最初から母乳育児でやっていきたいなとも思っていて、それも今のところ願い通りになっています。

ヒトミを妊娠中は、この子が「自閉症」だったら、とか、その他の「悪い病気だったら」とかと心配したもんですが、アキラの時は心配しませんでした。心配しても仕方ないし、友達のお姉さんのお子さんが「自閉症」で、何より身近に感じたからかもしれません。
結局、私の希望通りの子が生まれたのかもしれないなぁと、思います。